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け・ん・た・ろ・う


『あのなぁ、、』

お世話になっている大阪のSさんから電話がはいった。

『あの花篭の皿なぁ、、』

Sさんの話はせっかちで、その花篭の皿を100枚ほど欲しいという。
その手書きの図面がこちらに届いた、二年ほど前の話である。(下、写真)


その図面によると、描いた花の葉脈のなかに(け・ん・た・ろ・う)という平仮名を書いてほしいという依頼であった。

彼によると、その彼の知り合いのお料理やが次の代の子息に店を継いで貰う際の慣わしとして、その子息の名前を器の絵の中に仕込んで欲しい、ということであった。

まぁ、これが関西人の『あそび』の境地だろうか、ぼくはその依頼を請けることにした。(写真上)






先日、一通のメールが届いた。
『器を見たい』 という。


ぼくは自分のホームページにアドレスを載せていて、特別な事情がない限りお断りはしない。ただ、そのお客さんはフランスから来るという。名前から察するに日本の女性のようだ。

で、その日が来て、いろんな会話の後、この器も所望だと見せてもったタブレットのなかに、2年ほど前の写真の器があった。



さて、お帰りになる車中で、ぼくはこの器の由来を彼女に話した、すると。

『わたしはこう言ったエピソードをお聞きするために、直接作り手の方とお会いしております。』

若い女性であった、そして。。

『わたしの夫の名前も ”けんたろう” といいます』




四月の陽光はまぶしくゆらぎ、ぼくは車のクーラーのボタンにそっと指を添えた。


燦々と浴びる。



ぼくのところには一本の杉の木がある。

20年前来た頃から植わった背の高い木で、空気の流れや、景観からも伐ってしまおうと考えていた。

この村にはAさんという木の専門家がいる。

そのAさんがお隣の杉の枝打ちをするために今日やってきた。

『ぼくのところもやってもらえませんかね』と頼むと、気楽に応じてくれて、気持ちいい杉の木に生まれ変わった。

その木は素直に育ったようで真っ直ぐに途中で曲がってもいない。

で、『将来、いい木になりますかね』とAさんに尋ねた。

『これは一本木やなぁ・・』

Aさんによると、木は光を燦々と浴びて苦労せずに育った木は、年輪の幅が広いと言う。

つまり、『弱輩者』の木、もっと言うと『使い物にならない』と言う。

なんか、深いなぁ、、、木、一本のことだけど、

この村のAさんからいろんなことを教わる。


夜想曲


今夜はこの一曲で。
色絵富士型向付



『フジサワサン、この椅子だいじょうぶでしょうか、、』

ぼくのところは見学者の受け入れを承諾している。

通常はスタジオ(工房)として利用しているスペースも、15分もすればギャラリーに変身できる。


その見学者の殆どは海外のお客様で、『いまからお願いします、、』などとエージェントから電話が入ると、庭や山からその季節の花や木を花器に活ける。

スポットライトに掛かった洗濯物を屏風の後ろにパッと隠し、その間、お湯だけは沸かしておく。

まぁ、準備といえばその程度なのだが、、、


『実は、以前あるところでお座りになった椅子が壊れ、訴訟沙汰になったことがございまして、、、』と、通訳の方が助言してくれる。

我が家の椅子は、アウトドア用の簡易なもので、いつもグラグラしているのだ。

爾来、海外のお客様にはなるべく椅子には座らせないようにしていたところ、、、ある日、細君がその椅子に座った。

刹那その椅子が崩壊したのであった。


『こちらの水はこの山の湧き水で、、』結構旨いのである。

どうやらしかし、これもあぶなくなって、お客様がO-157やエキノコックス、
お茶アレルギーで障害を受けるとなると、迂闊な接待もできなくなり、お茶は然るべき有名茶店の紙パック詰めか缶物と代わった。(お茶菓子も有名店のできる限り保存の利く乾物、異常があったときの保険だ)


さて、『売り物』だった日本の『原風景』もどうやら屏風の後ろに隠すようになった次第だが、、、漱石の『草枕』じゃないけれど、『とかくこの世は住みにくい』ということだろうか。

ところでこの 『草枕』 夏目が熊本県玉名市小天温泉を舞台にして描いた作品だそうだが、その玉名市この度の震災でたいへんな被害にあわれているとか、ブログではありますがこころからお見舞い申し上げます。



写真、色絵富士型皿
 
生活の種



寒さ暑さも彼岸まで」って言われるけれど、

その「お彼岸」の間に伐った樹が薪に適している。

つまり、樹が休眠状態でいちばん水分が少ない時期でもあるらしい。

伐った樹はできるだけ早く処理したほうが割りやすいし、乾燥も手軽になる。

ぼくのところでは一年で10トンほど薪を使うので、春は陶芸の仕事と薪割りの仕事と忙しいのだ。

田舎暮らしって、そういう意味では”楽じゃない”のであります。



さて、次の写真 牡丹、 虫の気分で採ってみました。

コレは昨日のもの、接近して撮影しましたが、牡丹の芳香が漂い、「花王」と言う意味が良く分かります。










さて、中国では国花というものがあるらしいですが、コレっていうものがないともお聞きします。

そんな中でコレ、蓮からインスパイアされた「小向」

左上はその蓮の種でアリヤス。

下はその器の裏側。

わがやではこれが、つまり食器作りが生活の種、いや糧になっております。




                    
染付蓮文八角小向
色絵菊文皿(15,5cm)


今日は曇天、そして小雨、、

昨日撮った牡丹のイメージをアップ、

それから、依頼されていた器、コレもアップ、



春がやってくる。



一昨年の暮れ、寒椿を庭に植えた。その牡丹の蕾がそれとなく開きかけてきた。

ぼくが子供の頃育った大阪の家には祖父がこの加賀市から持ってきた牡丹の花が玄関の脇に植わっていて、いつか自分の家にもその花を咲かせてみたいなぁ、と思っていた。ちょっとうれしい。

この里山にも春がやってきた。厳しかった冬も終った。これからあたらしい時の歯車を廻してみようとおもう。さて、どんな季節が待っているやら、、、

写真下 カモシカは4月から5月頃あたらしい命を育むという。裏庭にて、