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魯山人の『鯰向付』


『それで、あれって、、、、本当に魯山人 でしょうか』

毎日眺めるうちに、、、実は。。

『あれはなぁ、その料理屋の先代のその先代やから、大正時代に仕入れたもんやからなぁ』
Sさんも内心、ぼくと同じ感想を共有していたようで、、、

『いろんな型があったと思うねん』 と。
これも同感。
『それにその当時魯山人なんて名前も知れなかったからなぁ』

それで、

『あの、オッパイのようなのは他のにもついてました?』と、ぼく。

『それがなぁ、わしも家に帰ってから気が付いて、、、あれは釉の溜まりとは違うやろ』

どんなに目を凝らして観てみても『恣意的』に付けられたとしか思えなく。。。

これも、きっと『遊び心』なのかなぁ、と。

その他の『ナマズ』ちゃんも見てみたくなりました(^^)

図録によると『染付鯰魚向付』の制作年代は、大正12年とありました。
その一節を引用します。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

1923年 40歳

美食倶楽部の会員増加。これより古陶磁への盛り付け方式を改め、食器を自分で製作することを考える。
夏、山代温泉の須田菁華窯へ出かけ都合4窯分の大量の製作をする。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

その須田菁華窯、細君の修行先でもあります。
職人さんもたくさんいらっしゃったようで(^^);

『4窯分?』そんなの一人じゃとてもとても。。。
『創る』 こと


『あんた、学校で動力轆轤やったか?』と初めての修行先で聞かれ、、、
『いえ、知りません』、と答えたことがあった。

『動力』というのは石膏型のなかに粘土をいれ、それに合ったコテで余分な土を削ぎ取ると、お茶碗や鉢、盃など『碗モノ』に適した量産方法なのだが・・・

焼き物の学校では殆どの生徒が『陶芸家』志望ということもあり、『動力』の時間は休憩時間。


『フジサワサン、今度ぼくの先生の展示会に来てくれませんか』と、知り合いから電話が、、
その先生の話を直接聞いて欲しいという不思議な依頼なのです。

話によると、その『先生』のつくる茶碗はおおよそ70万ほどするらしく。。。
そのすべてが、その『動力』でできているらしい。
彼はそれを『不正』なことと思っている。

『それって、その後その『先生』は何もしないの』、と聞いてみた。

すると。。。

『口元と、高台だけは自分で削る』らしい。

『含蓄』のある話やなぁ、、学校では教わらない話です。
その器、一度観て見たいです(^^)

今日の一客 染付鯰魚向付

鯰(ナマズ)向付のヒミツ


没後50年の魯山人の展観が一昨年開かれた。
その図録の見開き 『魯山人の陶芸』 のはじめの写真が『染付鯰魚向付』 

ナマズって人気あるんやなぁ〜。

その魯山人作『鯰向付』の現物が届いた。
もちろん実物を手にするのは初めて、、









この『鯰向付』には特別の想いがありますが、今日はひと言。

それは『型モノ』である器に、型から出した後に指でデフォルメさせていることが良く分かる、ということ。その部分に指を当ててみると、作者の気分が伝わってくるように感じました。

あ、ぼくの器と比べてって?
もちろん、作り直しです(^^);

自分の型でチョッと魯山人風に挑戦。。(下)
まぁまぁでヤンス(^^)

発見は 『楽しみ』 


染付網目文散り蓮華とその『袴』

この『袴』のご注文をうけて半年余、、、
あれやこれや試行錯誤の挙句やっと焼きあがった器。

どうも、イメージが浮かばず・・・
京都の『めなみ』の女将とベトナムの話になった際出てきた豆皿。(下)





あ、これ、『貸して』

そこで、写真撮りしてみました、 よ〜く ご覧あれ(^^);

この器の側面に柔らかなレリーフが、、、
なんでもないことのようですが、これだけでこの器に『深み・量感』がでてきます。
そしてさり気なく、『これでもか=』じゃ、アカンのです(^^)

数百年まえの器ですがこんなところにも心憎い造詣が、、

この写真、レリーフが分かるように写真撮りしてますが、実物をみていてもなかなか気づかないのです。(口径: 5・5〜6・7cm 高さ: 1cm)


さて、明日は魯山人の『染付鯰向付』の実物が送られてくることになりました。
あ〜たのしみなぁ〜(^^)

ぼくも『鯰の向付け』をつくってるものですから、聞いてみました。

『魯山人とぼくの、どっちがいいですか』 わたし。

『そら、魯山人や』 送り主。

はい、あすアップします。
女性の時代


ラーメンが好きで、、、
むかし、轆轤の実演で九州で食べた『トン骨ラーメン』が好きになった。

昨日テレビを見ているとスープが琥珀色の 『海鮮スープ』 が流行りだとか、、、
なんとなく、見た目とか健康志向がそのトレンドを押し上げているようにおもう。
女性の時代なのかな、とも。

『Japan』 とは漆を表す国際用語、『China』 は陶磁器を表すらしい。

この九谷に来てかれこれ30年は経とうか。
焼き物は沖縄で出会って、技法は愛知県瀬戸の焼き物の学校で学んだ。
土を捏ね、形を作り窯で焼く。
そんな当たり前のことが、ここ九谷では事情がちがうようだ。

わたしの知る九谷焼の陶芸家は土を触ったり、土練りなどしたこともなく、焼きあがったものに色絵の具を載せ、低温度の窯で焼く、そんな光景を見続けてきた。

『地球の裏側にもうひとつの野球があった』 ボブ・ホーナー(James Robert ”Bob”Horner) はメジャーで活躍した野球選手だが、日本でプレーした後に彼が語った有名な言葉である。

30年この地に住みながら、わたしなりにこの九谷焼を見るとき、ボブ・ホーナーのこの言葉を想い出す。

さて、視点を変えてみると、あの 『China』 からみた、日本の陶磁器はいったいどのようなものであろうか。

『トン骨ラーメン』 が 『海鮮スープ』 に取って代わるように、時代と言う流れの中で、その質も味も新しい時代に取って代わるのかもしれない。とりわけ、ラーメンじゃないけれど、女性の台頭がその後ろに見え隠れするように思えるのはわたしだけだろうか。

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上、写真

わたしの使っている写真機です。
古いものでもう廃盤になってるのですが、、、
レンズがドイツ製で・・
娘が欲しい、と言うので、今日。
オークションで同じものを見つけ、あ~本当に安かったです。
藤澤重夫のやきもの


藤澤重夫の仕事とはどんなものか、、、

写真の器は明代陽刻蓮花文七寸皿、古染めの特徴である『虫喰い』が縁元に見られる。

じつは、むかし、焼き物のトレンドが今のように盛んでなかったころ、窯やのなかには『写し』や、『贋物』をつくることで生計をたてていた節がある。

古染付けの特徴は『虫食い』、

だから、わざとその口元を浮き上がらせて、あるいは欠けさせて、器本来の本流から外れた焼き物ものがたくさん作られたようだ。(磁器や陶器だけではない、楽焼だって美術館や博物館に展示されている、という)



さて、藤澤重夫の仕事とはどんなものか、、、

陶器も焼き、磁器も焼く、希望があれば、楽だってやけるのだが、、、

『器用貧乏』 これが一番的確な評価であるのかも(^^)


先日あるギャラリーさんから送られた写真、その中にあった陽刻の皿、

これは『打ち込み』という技法でしか表現できない。

知らない技法がまだまだ壁のように立ちふさがっている。

焼き物の仕事のおもしろいところは、『底』がない、ということかも。。。

あの『贋物』を作ったような腕をもった『陶工』が果たして今存在するだろうか。

少なくとも・・この日本ではもう『ありえない』と思うのは僕だけ??


松花堂弁当の器をつくるために


『松花堂弁当』に使う器のご注文を受けて、、、

その指定の寸法の器が出来上がるまでに作った石膏型の数々。

昨年暮れ、『東京のホテルのオープンに間に合うように急ぎで』、とメールが入り。。

その指定の寸法になるまでに、、、


さて、『利益があった』って??

それを聞かれると辛いものがアリヤシテ(^^);

この仕事、『努力賞』とは無縁なのでアリヤス。
『松花堂弁当』 ふたたび


この村の料理研究家の話によると、

『いまの学校給食の半分は洋食』だそうです。
和の食器の勢いにも陰りが・・・


ところで、今日の写真、法螺貝形海老文小鉢。
じつはこれ、『松花堂弁当』に使われるための特注品なのです。

『松花堂弁当』の器の難しいところは、器の雅味や、造形の完成度ではなく、まずその寸法になります。

実は先日わたしの作った器は、ボツとなり『返品』、、、

つまり、弁当箱に入らなければ、たとえ一ミリだって許されない世界なのでありまして・・・

作り直しです。


(写真:口径12cm四方の紙箱)

その『松花堂弁当』にもそれぞれ寸法があって、10cm四方のもの11cmのもの、はたまた12cmなど、そのお店によって違うということがわかったわけで。

『その返品、幾らあるんや』と、大阪のSさんから温かいお言葉が掛かり、、、

名古屋のお料理屋さんの向付けとなって、お嫁入りできました。

人生 『塞翁が馬』

いずれにせよ、数字の上では注文が倍になったということで、失敗も時には。。。

『松花堂弁当』 

良い勉強になりました。

洋の食器にもまたそれなりの約束があるようで、この仕事、まだまだ勉強です。
灰被ナマズ向付


十人十色と申しますが、

この焼き物も、磁器が好きな方もいらっしゃれば、陶器が良い、と言う方もいらっしゃるわけで。。

そのすべてに対応する程の余裕は私どもには・・・

でも、『あそび』となれば、、、(^^)



今日の一客です。

手前左、陶片は初期伊万里草花文盃 右伏せた器は明代古染付唐子文盃

さて、向こうに見えるのが、今回はじめて焼いてみた『灰被鯰向付』 下、拡大。





この村にお住いの方でフランス料理、イタリア料理の研究家がいらっしゃいまして、、、

今度、わたしの家でパスタを作ってくださることになりました。

いろんなパスタの皿があるらしく、、、、そのご本を見せていただくことになっております。

あ〜楽しみなぁ===

そしてわたしのお知り合いに、陶器の好きな方がいらっしゃいまして、ちょうどその、パスタの皿が・・

今日は窯だしの日、窯の中にストーブの灰をそのまま降りかけた器を焼いてみたところ、、

ご覧の通り、調子良い見本の器が出来上がった次第です。

う〜ん、行けそうやなぁ、、、『灰被り陶器風』です。
 
「見るまえに跳べ」


ギャラリーさんから送られてきた『うつわ』、魯山人作の魚の向付けだそうで・・

しばらくして、産地が判明、『もう作れない』そうで、ぼくにそのお鉢が。。。。

その地方では型モノの作り方がこちら九谷とはチト違う。。。。

『そっくりのものが欲しい』らしく、何度も眺めるうちに、、『コリャだめかも。。』

どうやら、五月の節句に間に合わせたいとの事で、、、あ〜コリャ本当に、、、

でも、請けた仕事、その半分でもなんとか、

さて、何度か型を作り変え、その乾燥の具合、曲がり具合、うつわの厚み、、、

焼き物は焼いてみないとその本当の姿が分からない。

『見るまえに跳べ』

大江健三郎先生のお言葉だそうだが、こんな仕事ができるのは、ぼくがB型だから。

さぁ、『あとは野となれ山となれ』 だ。