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色絵唐子飯碗
 

色絵唐子飯碗  口径:10、8cm 高さ:5、5cm

まずこの器、男はゼッタイ買わない。

『可愛い』 がポイントとなるらし〜

カラーも 『赤と青』 はもう 『古臭い』

格子やジーンズの今風でなくっちゃイケナイ (J-PopやHip-Popスタイル)

なんて言われると・・・団塊の世代のおっちゃんは 『戸惑う』 のであります。

そんなわけで、、、顔も可愛く・・・服装もカラフルに。。。

『文化』 というのは時代とともに変遷するようであります、ハイ(^^);
見本(2)

1 染付市松文長皿  20cm×9cm  (No.111030−1)
 


2 染付菊花文四方皿  9cm×9cm  (No.111030−2)



3 染付市松文6寸皿  20cm  (No.111030−3)



4 色絵サギ文皿  22cm  (No.111030−4)



5 色絵鹿文皿  22cm  (No.111030−5)



6 古伊万里写鳥文皿  18cm  (No.111030−6)


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生みの親に育ての親
『九谷焼ですか』 と聞かれることがあります。
その返答に窮することがあります。
つまり、九谷焼の概念から外れたところで仕事をしてきたからです。

最近の器の売れ筋を見てみると、なるほど、色絵磁器のものに人気があることが分かります。それに若い陶工の台頭も目立ちます。

そんななかで、伊万里焼の 『九谷』 というものが目に付くようになってきました。ご存知 『九谷・伊万里論争』 の産物です。

仮に、九谷焼の故郷が伊万里だとすれば、この石川県の九谷は、育ての親ということになります。生みの親を否定しませんが、長い歴史のなかで育まれた技術の厚み、歴史の重みを石川の 『九谷』 に感じます。

いつか、あたらしい 『九谷』 がふるさと 『伊万里』 で花咲くこともあるかもしれません。どこで作られたか、ではなく、なにが良いか、東京で信楽や備前が焼かれる時代です。ニューヨークで食べる江戸前の寿司なんて、いかがでしょう。地球はフラットになった、そんな時代です。

『何焼きですか?』 最近そんな質問がなくなったように思います。
新しい気持ち



15年振りにお取引を始めることになった道具やさん。

しばらく茶碗をつくってなかったので、チョッと『新鮮』

彼の欲しいのはぼくの作った『黄伊羅保(きいらぼ)』のお茶碗。

この『黄伊羅保』、ぼくの以前住んでいた『吸坂』の黄土を溶かしたのもの。

その調合は実に簡単。





たまたま、土と釉薬、窯の温度、雰囲気がマッチしていいように焼けた。

この道具やさん、『同じものが欲しい』 とおっしゃるが、作り手はもう前に進んでいる。

違ったものが焼きあがるのが自然。

モノを作るのは、その時代、その社会、環境を含めたぼくの気分。

さて、どんなものが出来上がるやら・・・いと楽し〜〜〜

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名古屋Sさま

お醤油の皿 (裏)見本です。
なまずの向付けは本歌があったので探しておきます。
かたちはいいものです。

『Cook It Raw』 の開催日


 『Cook It Raw の開催日って何時、いくら調べても・・・』と仰る方が・・・

そりゃ、そうです。

なんたって、世界の一流料理人20人

世界から来るジャーナリスト 30人

当然それに付随した通訳さん。

その他、市や県の関係者、、、、何人になるやら。。。

最低70人ほどとか、、、

村の人が入って、ま、100人。

日本の報道関係者がきて、タレントなんぞ来てなにするの・・

公表したら・・・わたしも困ります(^^);

さて、どんなイベントなのか、後日談をおたのしみに。

写真: 日谷町で採れた陶石を釉薬にして出来上がった器

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旅人のうた
30年ほど前のことです。
陶芸を教える学校で勉強していたわたしは、当時27歳ほどでした。

その当時、焼き物はトレンドが盛り上がっていて、生徒は90人ほどいました。
今でも就活は同じですが、弟子は若い方がいいに決まってます。

でも、運が良くって、、、、
なんといっても、青少年補導課のプロでさえ、青年になったわたしを家出少年と間違えるほどでしたので、、、それは運良く 『いいよ』 といってもらえたのでした。

あれから本当に30年ほどして、、、
ふとその歩んだ道を振り返ることがあります。

90人ほどいた同窓の生徒たちはいまや指折り数える程度です。
よくもまぁ、、、ここまで続いてきたものと考えるのであります。

先だって 『見学したい』 という若者から電話がありました。
『いいよ』 とはとても言えませんが、『話だけは・・』

わたしに出来ることは、それだけです。



見本

1 染付芙蓉手鳥文5寸皿



2 色絵菊花文銘々皿 口径:4寸5分



3 染付吹墨えび文輪花6寸皿



4 色絵菊文吸坂手輪花5寸皿



5 染付輪花更紗文(6寸8分)皿 



6 青呉須手輪花兜鉢  口径:4寸8分  高さ:1寸6分
日谷青磁
(記事、追記しました。)

この村の『里山づくり委員会』が近く開催されることになりました。

焼き物部門の担当ということで、ぼくの見つけた『陶石』がどのような可能性があるか試験して欲しい、というのが、この委員会の希望・要望でした。

陶石を素地としてつかえるかどうか、それは資金も掛かることだと説明しても・・・お分かりいただけないのは無理だとしても・・

それで、費用の掛からない方法として『釉薬』にしてしまえば、、、と。

さて、今日は窯詰めです。結果は数日後に・・

下写真: 青磁釉 (このような釉薬は純粋なものより不純物の混ざったものがそのものの『味』を引き立てるようです。でも、いくら分析しても同じものは出来ない)



青磁は3パーセントほどの鉄分の発色です。この村の陶石には適度に鉄分、チタン、マンガンなどが含まれているのでしょう。摺り合わせた釉薬の色を見ている限り、、、青磁の釉薬です。人工的に珪酸鉄こなど入れると、もっと色が強いかも・・・今回はあくまで『自然に』・・がコンセプトです。





上、カンボジア出土の青磁、浮き彫りになってます。
下、ベトナム、ホイアンの沖合いで数百年前に難破した船から海あがりの陶磁器を含む財宝が発見されました。(ホイアンの奇跡と呼ばれてます)その多くがサザビーズでオークションにかけられたそうです。そして闇に隠れ、タイやカンボジアの闇市、骨董屋で出回っていたものが、、、ぼくのような、ところまで流れながれて、、、。

割れてはいませんが、高台には貝のかけらが貼りついたままです。

青磁はその色や形だけではなく、その濃淡も見せ場の一つです。
下の器は釘彫り、もしくは片切り彫りと呼ばれるものです。
双方とも数百年の歳月を経て、かせた気分ですが、焼け上がった頃は玉のように磨かれた美しいものだったでしょう。

これらはヤフーオークションで安く仕入れたものです。もちろん、いまはオークションもにせものだらです・・・

下、この小壷はベトナムのものとの解説がされていましたが、、、ぼくにはよく分かりません。おそらくベトナムを含む南海の焼き物であることは確かです。うっすらと、釉がかかっていますが、ぼくの認識では青磁というには、、、プレ青磁とでもいうのでしょうか。。。いいものです。

青磁にもいろいろな作りがあり楽しいものですが、龍泉寺や砧のような完成した器はどうもいただけません。まだなにか、これから、というものに惹かれるのは、なにも器でけではなく、人もまた同じように思えます。

もちろん・・・歳は関係ありません。この器とて、、、数百年の歳月を経ているわけで・・・

さくら咲く



 シェフの成澤由浩さんはこの加賀市の日谷町に一目ぼれしたようでした。
清流に沿って植わる野生のワサビ、その一キロに及ぶ町並み。
都会の生活者だけではなく、世界を旅する人々にとっても『観光バスの行かない』日本の原風景なのです。それはぼくの『体験教室』で実証済みでした。

『Cook It Raw』、このイベント偶然ではなくこの村を選んだぼくの気持ちにも通じるなにかが多くの人々の心に触れたのかな、と想うのであります。

この場所の良さ、、土地のかたがたにどのように映っているやら。。。

さくら、きょう開花しました。。

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『Cook It Raw』 愈々
Cook It Rawの全容が明らかになった。

シェフの成澤由浩さんは東京青山にミシュラン二つ星のフランス料理店を営む
今回は彼が主役のようで・・・

こちら、加賀市の広報でもリリースされているらしく、きょうは市の担当者がお見えになった。

初めてお越しになったとき『あの石窯でパンを焼くと、ど素人でも旨いパンが焼けます』なんて言ってしまった。、、、その関係者の後ろの彼の何気ない表情、風情、、、『え〜〜あのう〜・・料理人ですかぁ〜』なんて・・緊張した空気。

やばかったけれど、、、たいへん気に入ってもらえて・・・リハーサルはノリノリ。
当日の会場風景は   NHK・BSで流れるという段取り、、、
そこで、、、、例のバーべキューの話、、、、
イノシシを焼く、という。

そのイノシシ、県からストップが懸かり、、、
市の担当者はぼくに、断りの電話をしてくれという。(嫌な役回り、、、)

まぁこのイベント、知らない人の結婚式にお祝儀までもっていく『図式』のようであります。
『チャンスやで、フジサワサン』なんて、村の人は言うが・・・
イヤイヤ半分はその気で、そのときの器を作っている今日この頃でアリヤス。
さて、どんな器が出来ることやら・・・

またのお楽しみに(笑)

PS

このイベントの詳細についてブログで公開するのもどうかなぁ〜〜と想っていたけれど。
新聞や広報で紹介されているようで、、、ま、いいじゃろ〜〜と、、、、